こんにちは。
2019年2月からaradas東京支社に入社した、新米デザイナーのうみです。
三十路です。
嘘です、サバ読みました。4月から31歳です。
年々、4月生まれを恨むようになってきました。
前職は某アパレル企業で新入社員から働いていましたが、29歳で一念発起し、
WEBデザイナーになる道を選びました。
今回は、長く勤めた会社を辞めて、どうやって未経験からWEBデザイナーとして働くようになったかまでを綴っていこうと思います。
目次
- アパレルに就職を決めた理由は〇〇なさそう
- 新入社員から7年勤めたアパレル時代
- WEBデザイナーになろうと思ったきっかけ
- 職業訓練校との出会い
- 三十路でも新米デザイナーになれました
アパレルに就職を決めた理由は〇〇なさそう
大学は、美術大学のデザイン科を専攻しており、大学2年生くらいからWEBについて興味を抱くようになりました。
しかし、いざ就職活動をするとなった時、当時の大学の先生にWEB制作現場の話を聞くと
「残業続きで終電でも帰れない」
「ストレスですごい吹き出物がいっぱいできる」
「久々に会った制作会社の友人が風呂にも入る時間もなく臭かった」
※あくまでも当時の先生の個人的な意見です。
制作会社とはなんて残酷なんだろうと、打ちひしがれた当時の私は
どこかの事業会社でWEB事業に携わろう
という気持ちになり、アパレル企業への就職を決めました。
アパレルにした理由は「アパレルだったら、残業が続いても臭くなさそう」というのが決め手でした。
※ちなみに、aradasはそんな過酷な労働環境ではございませんので安心してください。
新入社員から7年勤めたアパレル時代
新入社員の私は、初めは店舗のスタッフ勤務でしたが、縁あってEC担当者として半年で本社に異動となりました。
ペーペーの私を本社に引き抜いてくださった当時の部長には、本当に感謝してもしきれません。
そこで私は約7年の間、EC事業の成長に携わることになりました。
ECとは、Electronic Commerce の略称で、インターネット通販やネットショップの総称になります。
EC担当者の主な業務は、
- サイトの管理運営
- サイトの売上管理
- サイトの在庫管理
この3点が大きなミッションとなります。
もちろん、このミッションをクリアするにあたっては様々な業務が付随してきますが、
これはまた別の機会に書ければいいなと思います。
つまり、EC担当者とは、インターネット上に存在する店舗の売り上げを管理する、
通信販売サイトの店長
なのです。
そう、一国一城の主と言っても過言ではありません。
ここでの7年間は本当に毎日が勉強の日々でした。
いろんな方に助けられながら、EC事業の垣根を超えて
様々な業務に関わらせていただきました。
やりがいもあり、年々通販での需要が高まっていく中で、売り上げも責任も大きくなっていきました。
WEBデザイナーになろうと思ったきっかけ
仕事を続けていく中で、私の働いていた職場でのEC担当者は、WEBのコンテンツの企画立案はできても
デザインを考えてそれを作るというのは社内に在籍しているWEBデザイナーさんの仕事でした。
企画を考え、サイトに使用する素材を用意しても制作はできない
自分の成長がここで止まってしまう気がしていました。
そんな時、ふと、あるテレビ番組の特集に目がいきました。
都会でバリバリ働いていた女性達が、今までの生活を捨て田舎でやりたい事をやり、
幸せに生活をしているという番組でした。
三十路目前、やるなら今しかない
そう、私は単純な女。
思い立ったが吉日、やりたいことに突き進もうと決め、私は会社を辞めました。
職業訓練校との出会い
そもそも、三十路直前、実務経験なし、デザイン経験は大学が最後、フォトショップ、イラストレーターも趣味でしか使っていない
そんな私を採用したいと思う会社があるわけがありません。
HTMLは中学の頃に趣味でホームページを制作していた程度。
そもそも今と昔では技術も進化しているだろう。
独学で今からやるには難しすぎる。。。
途方に暮れる私でしたが、知人から職業訓練校というものがあることを教えていただきました。
職業訓練校とは、求職中の人に向けて就職に役立つスキルや資格を身に付けたいと考えている人に
訓練を通じて就職をサポートする場です。
通っている間、給付金を受けられる制度もあり、生活のお金をもらいながら学校でスキルを身につけることができます。
そうだ、学校に入ろう
そこで私はWEB制作についての勉強をすることになります。
しかし、入学にあたっては大きな大きな壁がありました。
昔から私が大嫌いだったものです。
入試試験
そう、試験。そして試験にはなんと数学があったのです。。。
願書を提出した日からは、毎日中学高校の数学の勉強をすることになりました。
まさかこの歳で図書館に缶詰をすることになろうとは夢にも思っていませんでしたが、
無事に入試をクリアし「中央・城北職業能力開発センター赤羽校 WEB設計科」に入学しました。
三十路でも新米デザイナーになれました
さて、紆余曲折ありましたが、職業訓練校でWEBの勉強をした私は
無事にここ、aradasで新米デザイナーとして働いています。
デザイナーという職業だけではなく、何か別のことをやりたいと思った時に、
どうしても足踏みしてしまいがちです。
- 未経験だから
- やったことがないから
- 勉強ってどうしたら良いのか
- 歳も歳だし
きっと、いろんな理由で諦める人も多いと思います。
ですが、諦める前にどうすればやれるのかを考えることが一番大切かなと思います。
私の場合は、職業訓練校でWEBの勉強をしてWEBデザイナーへの道を目指しました。
ですが、aradasでは独学で勉強して、入社してから実力を伸ばしている先輩もいます。
目標を決めて、その目標を達成する手段をいくつか自分の中で持っていると
とても強みになると今回の転職で感じました。
何かを始めるのに遅いということは決してないと思います。
つまり、
三十路でも新米デザイナーになれました